勉強を始めたきっかけ(マン管試験②)
マンション管理士試験の本格的な勉強は去年の8月の頭、試験本番の約4ヶ月前から始めました。
マンションについて興味がわいたのはそれより数ヶ月前です。その際に試験対策テキストをAmazonで購入したものの、本の厚さ重さと難易度にやる気をなくして放置状態でした。
購入した時点の私は「自分の住んでいるマンションについて知りたいな~」くらいの心持ち。その程度の情熱ではあの重量の本を読み込むのは無理だ。
同じ時期に「管理組合の役員になったときのハウツー本」にも手を出してパラッと読んでみたのですが、その本は「役員になったときの心構え」を学ぶような印象でしたので、自分の知りたいこととは違いました。
それからしばらく経ったある日、ポスト経由で配布された理事会の議事録に目を通すと、マンションの運営に詳しい居住者の方が転居される可能性がある旨が書いてあり、
「このマンションの事情に精通されている人がいなくなってしまう。これはいかん。自分の住んでる建物なんだから、私も勉強しなきゃいけない。」とやる気に火が付きました。
この議事録がきっかけとなり、マンション管理士の勉強を本格的に始めました。
その居住者方には本当にお世話になっていたのだと今になって思います。
大勢の他人が一つの建物に住むということが、建物の構造の面、金銭面、人間関係や規律の面で、いかに難しいかが、勉強してみてわかりました。
その方は何年もマンション管理に携わってくださっているのに、マンション管理士の勉強するまでそのことを全然理解していませんでした。
勉強したといってもたった4ヶ月机と向き合ったきりなので、マンション管理の実際の苦労を理解したとは言えませんが。
でも、「知識を得た結果 今まで自分が気づかなかった景色が見えた」という凄く良い経験をすることができました。
話が戻りますが、
さあ勉強しよう、せっかく勉強するならあわよくば試験受けてみたい。と思ったのが去年の7月末です。
じゃあ試験に向けた勉強をしよう。何からしようか。あのぶ厚くて重くて難しそうなテキストから始めたら進む気がしない。
そう考えた私は、父の勉強法にトライすることにしました。
父は試験勉強をするときは、テキストを一から十まで読み込むのではなく、まず問題集を解くそうです。問題を解いて答えあわせをすることで内容を頭にインプットさせるといった感じのことを以前言っていました。
ところで私は2年ほど前に、行政書士の勉強をかじってみたことがあります。マンション管理士もそうですが、私は法律の堅い文章が好きなようです。
初学者向けの入門テキストと本格テキストを読んで、よっしゃ次は問題解くぜ!と問題集を広げましたが、問題も解説も難しくて挫折しました。問題集の内容を理解するためには最低限の知識が頭に入っていることが必要だった、、、
その経験から、父のやり方でマン管の知識ゼロの私が勉強しても 上手くいかないだろうことは予想できました。
そこで、「テキストと問題集の間をとって、一問一答からやるのはどうだろう」と思いつきました。
一問一答なら、問題が意味わからなくてもマルかバツの二択で答えれば良いし、50パーセントの確率で正解できる。そしてまぐれでも正解したら嬉しい。
解説も手短だからテキストや問題集の解説のように文章量に圧倒されることもない。小さくて軽いから机以外でも勉強できる。
いいじゃん一問一答!ということで、この作戦でいくことに決まりました。
しかし、勉強方法とは別に大きな懸念がありまして。
「果たして体調に波のある私が試験勉強を継続することができるのか」です。
次回に続きます。
アクセルとブレーキ(マン管試験①)
去年の11月末、マンション管理士の資格試験を受けました。
資格試験は高校生時代の英検以来、7~8年ぶりの挑戦という大チャレンジでした。
結果はあと一週間くらいでわかります。
合格発表が出てからブログに書こうかとも思いました。
しかし、合格でも不合格でも、私にとって大チャレンジだったこと、この挑戦で自信を持てたこと、家族 親戚 周りの方に支えられた日々は、変わることがありません。
どのような結果が出ても、
「自分が頑張れたこと」
「どんなふうに周りの方に支えてもらったのか」を残そうと思いました。
後者は、私がこれから感謝と共に生きていくために、記憶に残しておかなければなりません。私はとにかく忘れっぽいので。
今回は、なぜマンション管理士の資格試験に挑もうと思ったのかを残しておこうと思います。
「自分が住んでいるマンションについてなんにも知らないな、勉強してみよう。」と思い立ったことが、マンション管理士の勉強を始めたきっかけです。
半年前の私は、「エレベーターを動かすための電気料金は誰が払ってるんだろ?」レベルにマンション管理について無知でした。
長らく自宅療養のち家事手伝いの私にとって、家の外は「わからないこと」で溢れています。
大学受験したことない。もちろんキャンパスライフを送ったことない。
就職活動したことない。就職経験は短期のバイトが一度きり。
税金の仕組みも保険の仕組みも郵便局の窓口でできることもわかってない。
昔は「社会について無知である」という漠然とした不安がつきまとっていました。
今では「毎日その日にできることに向き合うのがベスト」と理解していますが、数年前は恐怖に胸を締めつられていました。
今回のマン管挑戦についても、「知らないことが嫌だ」という気持ちが私のやる気に火を付けました。
ただし数年前と違うのは、この「知らないことが嫌だ」に 恐怖や焦りなど、負の感情が含まれていなかったことです。あったのは好奇心と諦めです。
好奇心は、テキストで学ぶにあたって理解力を格段にあげてくれました。新しい知識を吸収するのは好きで、法律の堅い文章を読んで意味がわかったときは パズルを解いたような達成感を感じました。好奇心は精神的アクセルの役割を果たしてくれました。
諦めは、「体調がおかしくなったり躁状態が強くなったら撤退する」という精神的ブレーキとして私を支えてくれました。
頑張りすぎて家族に心配や負担をかけるのだけは嫌だったので、私にはアクセルよりブレーキの方が重要でした。
私が「絶対に受かるぞー!!!」と意気込んでるときは危険信号。
調子がよいときにこそ、「どうせ続かないさ」と諦めに似た逃げ道を忘れないように心がけました。
この「自分で自分にブレーキをかける」という技を会得するまでに何年もかかりました。
ブレーキとアクセル、両方の使い方を覚えたから、資格試験に挑戦&完走できたのだと思います。
昔カウンセリングの先生に、「あなたは良いアクセルを持ってるけど、ブレーキが壊れてる。そこを直したら上手く自分を運転できるようになる」とアドバイスを頂きました。その通りでした。
カウンセリングの先生、ありがとうございました。
次回の備忘録も、支えてくださった方に感謝の気持ちを込めて書きたいと思います。
ここまで読んでくださり ありがとうございました。
ブログタイトルについて
私のブログタイトルは「タイピング練習を兼ねた備忘録」としました。
全然おしゃれじゃないタイトルですが、意味を込めて付けました。
双極性障害の私は、調子がいいときに色んなことに挑戦したいと前向きになります。今日のブログデビューも、軽躁だからできたことです。
ブログをするにあたって、心がけていきたいことがあります。
それが「等身大であること」です。ちなみに、今の私の状態は「等身大」のうちに入りません。
表があれば裏がある。操があれば鬱がある。
もし今のフワフワしたテンションで、「こんなことを頑張っています!あんなことにも挑戦したいです!」といったアクセル全開な記事を投稿したら、
気持ちが穏やか もしくは鬱っぽいときにブログを見直した際
「なんだこのブログの自分…前向きすぎて別人…辛い…」と悶絶して記事を消去ブログを閉鎖することになりかねません。
せっかくブログを始めたので、楽しくぼちぼち続けていきたいです。
鬱っぽい自分になったときでも受け入れられるブログを書きたいです。
そのために、キラキラしたブログタイトルはつけませんでした。
「タイピング練習を兼ねた」と冠したのは、軽躁の自分にブレーキをかけるためです。
ハイテンションが続けば「ブログしてるんだからもっと高尚な記事が書きたい!たくさんの人に読んでもらって承認欲求を満たしたい!」
と欲張りになるのが目に見えています。
ブログタイトルを見る度に、「ここはあくまでタイピング練習の場所なんだ」と気持ちをフラットにできればなと思います。
この作戦が上手くいってくれたらいいな。
この話題だけで終わるのもつまんないので、小話をひとつ。
私は昔、学校の勉強しかしてない世間知らずの学生でした。
高一で病気を発症してしまい、17歳までに学校で教えてもらうこと以外は何も知らないまま大人になりました。
そんな私に数年前、郵便局の窓口で封筒を送る機会がありました。当時ポストにはお世話になっていましたが、窓口にはほとんど並んだことがなかったです。
お恥ずかしいことに郵送の種類についてもよく分かっておりませんでした。
「これお願いします」と封筒を渡すと、局員の方に「普通でよろしいですか?」と聞かれ、
(えっ…豪華なバージョンがあるの…!?)と動揺してしまいましたとさ。
郵送のスピードの話でした。封筒をゴージャスに縁どるオプションとかではなかったです。
まだまだ知らないことばかりで、新しいことをするときはメチャクチャ緊張しながら頑張ってます。
明日も頑張るぞ〜。ここまで読んでくださりありがとうございました!
備忘録を始めました。
はじめまして、すぬーぴーと申します。
25歳女性、家事手伝いです。
高校生の頃に双極性障害2型を発症しましたが、家族を始め周りの方にたくさん助けてもらって生きてまいりました。
ここ数年で、ほんとうに有り難いことに、自分の障害からくる気分の上がり下がりや体調の変化にもぼちぼち対応できるようになりました。
心身のコントロールの方法を教えてくださった人、それを会得するまで辛抱して待ってくれた人、辛いときに心強い言葉をくれた人達のおかげで、私はここまで歩いてこれました。
もっと感謝して生きていかないとなと思う今日この頃です。
最初に障害の話を持ってくる流れになりましたが、双極についての話はこのブログのカテゴリーのひとつにするくらいの気持ちでいます。
面白かったことや忘れたくないことなど、色々書き付けていけたらと思っています。
どうぞよろしくお願い致します。